2006/11/09

ビリー・ジョンイル

 ゴダイゴのみなさんと仕事をする。
 個人的な意見を最初に言えば、もっともっと、評価が高くて然るべきバンドだと思う。
 70年代後半に「世界」を視野に入れ、実際チャートインを(それも複数の国で)果たした日本のバンドなど他にはない。
 
 仕事はいろいろとトラブル続出だったが(恐らく、二度と体験出来ないかも、というものも含め)、出来上がりは“間違いない”!
 来年初頭にも世に出るので、お楽しみに。

 ミッキー吉野さんとは、少しだけ以前にも書いたが、先月上旬にお会いして話をした。とても繊細な方だという印象を抱いた。
 タケカワユキヒデさんとは、もうかれこれ10年以上、印象に残る仕事をご一緒させて頂いている。実は一昨日、この仕事についての微妙なズレを修正すべく、直接お会いした。どんなに時代が進んでも、直接会って話すことが、コミュニケーションの基本だ。
 スティーブ・フォックスさん、トミー・スナイダーさん、浅野孝巳さんは初対面。それぞれが他にはない雰囲気をお持ちだ。

 仕事する時、仕事相手の半生や才能に対し、常にリスペクトを抱いて対峙する。
 時にはその影響で、出来上がりとの狭間に苦しむときもあるのだけど、やはり「一瞬は永遠より雄弁」。
 その一瞬を噛み締めるのが人生なのだと思う。

 なんてこと考えつつ...
 全く関係ないけど、70年代から活躍する、「北」で大人気のシンガーソングライターで1つ。

「ビリー・ジョンイル」

 
 

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2006/10/24

納豆・キング・コール

 元・渋谷公会堂(えぇっっと、CCレモンホールでしたっけ...)の、PE'Zのコンサートに行く。
 凄いパワー!その上、燃え尽き方が潔い!
 オーディエンスのための名の下に、延々、ダラダラと続くライブが多すぎ。そう思いませんか?潔いことは素晴らしい。アンコールなく演奏を終え、メンバーが去って行ったとき、客席も走り切っていたのを感じる。
 そうそう、それだよ!思いや情熱を短い時間の中に込めるのは素晴らしい!と思いながら、雨の渋谷の街を歩いてた。

 PE’Zのリーダー・大山さんは、私が20年近く前の一時期を過ごした茅ヶ崎出身。あの当時の、寒い空気を引き裂くような初日の出は、いまだに忘れられない。これも縁かな、なんてこと思いながら、和食好きの大ミュージシャンということで、1つ:
 「納豆・キング・コール」

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2005/12/22

盗難アジア

 マレーシアに行く。
 8年振り4回目なのだが、特にクアラルンプール(KL)の発展ぶりに驚いた。

 経済的な観点では「追ってくる者」の方がパワーが凄い。
 日本が、昼間から働きたくないほど暑い国でなかったことを感謝するしかない。でも、今年の夏など、生きるのも辛かった(by「待つわ」)暑さだったけど。

 某離島で泊まったホテルは最高!
 部屋だけを見たらローマのエクセルシオールを彷彿とさせ、外を見れば南国だった(海は汚すぎるけど)。でもそれは、西洋文明に啓蒙という名の支配を受け続けていた証でもある。
 幸いというか、マレーシアは英語が通じ、私も結構、英語が話せるので苦労しないのだが(一応、帰国子女なので...)、やっぱりアジア人同士は、アジアの言葉で語り合いたい。

 そうは言っても、子供の頃から日本とヨーロッパを往復してたので、自分の中でもアジアは遠かった。
 10代後半から、安くヨーロッパに行くために「南周り」(いま、あるんですかね?)のエア・チケットを買うようになり、トランジットやストップ・オーヴァーで、バンコク、香港、シンガポール...などに立ち寄った。その都度、街に出て、街の空気を素肌で感じていた。
 当時は、香港では洗濯物が取れそうな程、着陸の時はスリリングだったが、あの風景を見て「ああ、香港に着いたんだから、もう家に帰って来たも同然だ」などと安心していた。

 そんなことを思い出すと、本当に時代と共に、アジアは成長している。
 マレー語では「ありがとう」しか言えないけど...
 
 西欧が(地政学的にも、国力的にも)「平衡」の関係なのに対し、東アジアは「垂直」。
 さらに言えば、ヨーロッパが「収縮」なのに、アジアは「拡散」。
 アジアの人々が自由闊達で言うこをと聞かないからこそ、絶対的な権力(それも、理不尽な生い立ちの政権や、勘違いした威張り散らす「オジサン」&「オバサン」)がイニシアチブを握ることが多く、それに不満を唱えながらも「剣を持って」逆らうことが歴史的には少なかった(それは「お上」ってやつです)。

 でもいま、豪壮なショッピングモールで弊店間際まで賑わい、カートゥーン・ネットワークのキャラクター・ショーにムスリムの子供たちまで夢中になるマレーシアの風景を見て、思う。
 アジアの多様性こそが、21世紀を生き抜くためのヒントじゃないのかな、と。

 という感じで、1つ。
 現地で会った中国系マレーシア人の、珠玉の日本語ギャグ。
 泥棒が多い地域:

 「盗難アジア」

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2005/11/24

落胆イーグルス

 飯田橋の居酒屋「ひろし」で開かれた、三上敏視さんの「神楽ジョッキー」に行く。
 三上さんはmicabox名義で活躍するミュージシャン。細野晴臣さんの(当時の)マネージャーH氏に紹介してもらった。札幌在住であることもあり、札幌時代からさまざまなことで相談にのって頂いている。最近では、細野晴臣さんとともに“東京シャイネス”というバンド(?)でも活動している。

 “神楽”と聞いてもピンと来ない人も多いと思う。
 簡単に言えば、神様と人間が一緒に飲んで、歌って、踊る儀式。
 パフォーミング・アーツの一種だと思って見るだけで、相当面白い。
 もちろん、歌や踊り、登場する神々など、その背景を知ると、自然や生命、宇宙などに対する先人の畏敬と畏怖の念が感じられ、益々、面白い。 
 だから、単なる伝統芸能の一種、例えば、「ド民謡」などと並ぶ「古臭いもの」として考えず、太古の昔から、その地に住む人々が想像力を駆使して作り上げてきた、奇想天外な“民衆オペラ”だと捉えて見ることを、是非、お薦めする。

 神々になりたい...と六本木ヒルズの住人は考えているかもしれないということで、1つ:うまくいかない野球チーム

 「落胆イーグルス」

 

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2005/11/17

昇天

 草月ホールで、山下洋輔さんの“ニューヨークトリオ”のライブを聴く。
 いつもながら、鮮烈な音世界。至極の時間を過ごす。
 終演後、ご本人と挨拶し、気持ち良く夜の青山通りを歩く。

 その後、いつも行っているフィットネスクラブに立ち寄ると、サウナでスタッフのお姉さんがアロマの香りを振りまき、タオルで風を送ってくれるというサービスをしてくれた。
 うーん。今日は運がいい!アロマの香りと熱い空気が相まって、最高の気分。

 こんな日に飲まない手はない!とばかり、家の近所のスーパーで300円(!)のワインを買い、しみじみと飲む。
 そういえば、ボージョレ・ヌーボー解禁の日だっけ。今度、今日のような気分のいい日に飲んでみようっと。

 たまにはいいことがあるということで、1つ:天に上るような落語家番組

 「昇天」

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2005/11/16

無事テレビ

 溜池の東芝EMIで、打合せをする。
 『仕事』というと、ガッチリと固まったものをイメージするのが普通だが、私の場合は「まだ企画段階なんですけど...」というところから、信頼の置ける方に相談するところから始めることが多い。いわゆる「ブレスト」(『平泳ぎ』ではなく、『ブレーン・ストーミング』)である。
 思いがけず長居になってしまったが、雲の合間から挿す光みたいな時間を過ごす。

 帰り際、赤坂のTBSの側を通る。
 学生最後の年(大学5年生の時...ちなみに私は2つの専攻過程を経ていて、2つの学科の同窓会に入っている。価値はないけど)、TBSの入社試験を受けて四次試験まで通ったところでアクシデント(予期不能な完全な人災)が起こり、いまの会社に入った。
 当時、就職活動など殆どしなかったのに、他の企業からも内定を頂き、幾つかの選択肢はあった。
 正直に言うと、会社勤めは向いてないと思ってたし、いまだに向いてないと思う。大学院進学を勧めてくれた教授もいたし、「こうやって生計を建てられたらな」という思い(いま思うと稚拙だけど)もあった。
 ただ、それを打ち破り進むだけの「根性」も、「才覚」も、「自信や経済的な裏付け」も、その当時の自分にはなかった。「人間は制服を信用する」という心理学者の言を借りれば、中退でもいいから大学院という制服を纏えばよかったのかもしれない(まだ、その気になれば着れそうだけど...)。

 それぞれの岐路で、自分なりには悩んで、結論を出してきた。その1つ1つは最善ではなかったかもしれないけど、言い訳は出来ない。
 なんてね。本音を言えば、たくさん言いたいけど。例えば、「根拠のない自信」を振りかざし、うまくいかないと他罰に帰結出来る人を、心底、羨ましいと思う。俺だって、他人のせいにしたいこと、いっぱいあるよ!明らかに自分の責任ではないことも沢山ある。
 もっとズルければ、現世的な眼前の利益(具体的に言えば落ちている10円)は拾えたかもしれないし、他人の足を散々引っ張ることが出来たかもしれない。
 ただ、信頼している先輩が評したように「自分に優しく、他人に『無関心』」なんで...這い上がろうというコンプレックスの塊のような、才覚も能力も見る目も無いけど上昇志向や権威主義だけは強いというような輩とは、永遠に解り合えない。
 「お人良しすぎる」と評した別の先輩もいたなぁ...
 
 そんな愚痴を心で言いつつ、地下鉄で帰る。同じような言葉は、殆どの人の心に響いているに違いないと思いつつ。地下鉄が、コンテンポラリー感覚を得る場ではなく、息苦しく感じるようになったのは、いつからだろうと考えながら。
 階段を降りる前に見たTBS会館の跡地が、まるでグラウンド・ゼロのようだった...

 株の買収を仕掛けられた民放といえばということで、1つ:

 「無事テレビ」
  

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2005/11/08

千葉まる子ちゃん

 デーブ・スペクターさんから、「時間があったら『徹子の部屋』に出るから、見てください」とメールが来た。ちょうど昼休みの時間だったので、少しだけ見る。
 すっかりマジメというか、まるで文化人。あの方は根がマジメで、でも、かなりやんちゃ。そして働き者でクレバー。実に粋な人生を歩んでいるなぁ。

 黒柳徹子さんは、私が社会人になった時、本当にお世話になった。
 あれほどの大物なのに、若造だった私にも実に優しく、そしてチャーミングだった。
 それから何度かお見受けしたり、舞台に足を運んだりしているが、素敵なままだ。
 
 デーブさんからは、本田美奈子さんの訃報を悼むメールも届いた。
 美奈子さんとは2回だけ、仕事をした。1人のスタッフとしてだから、個人的な会話は、たぶん、していない。
 その時、既にミュージカル女優として目覚しい活躍をしていたのに、誰よりも早く現場に来て、誰もいないステージで発声練習をしていた。まだ若造だった私は、少ししか年の違わない、しかし既に確固たる地位を築いたように見えた美奈子さんが、懸命に自分を磨く姿を見て、自分の甘さを痛感していた。
 日本の音楽界は、かけがえのない逸材を失ったと思う。

 振り返れば、実に多くの出会いがあり、多くの方々のお世話になっているのがわかる。
 私はいまでも新人の頃のままのつもりなのだけど、確実に時は流れ、人生が積み重なっている。

 今日の昼下がりは、まだまだ前に進んで、作り続けなきゃいけないなと、1人で感じていた。
 勿論、ちゃんと仕事しながら、そして他の誰にもわからないように心の中で、だけど。
 変わらないものと、変わり続けるものが、同じ時間の中に共存しているのが「同時代体験」の醍醐味なんだろうけど、時にはそれがとても切なかったりもする。

 ちょっと“秋”な感じですが、1つ:
 今年、大ブレークの「千葉県」で人気の長寿アニメ

 「千葉まる子ちゃん」

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2005/11/05

ザ・失敗ダース

 草月ホールの、レナード衛藤さんのライブに行く。
 音楽はライブが一番だが、とりわけ太鼓は現場でないとその良さがわかりづらい。空気の振動が心まで伝わる様子は、まさに「体感」だ。
 レナードさんのライブはバラエティー豊か。振動の波に体を預けると、かなりいい感じになる。

 つい最近も書いたが、そもそも、20世紀前半まで、音楽はナマでしか聴けないものだった。録音して聴くなんてことは、有史以来の人類と音楽の付き合いの中で、ほんの短い関わり方だ。
 だから、音楽を「聴く」だけではなく、「見て、聴いて、体感する」という楽しみ方をすれば、DNAに刻み込まれた無意識の中の「音楽への反応」が呼び起こされ、音楽の新たな魅力が浮かび上がってくる。
 ボディソニックなど技術革新は目覚しいが、いまのところは、やっぱりライブ会場まで行くのが一番。もっとも、自宅まで一流ミュージシャンを呼べるネカチモ(←お金持ち)は別ですが。

 またもや音楽ネタで1つ:成功したことがないGSグループ

 「ザ・失敗ダース」
 

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2005/11/02

倒壊道

 あるサイトで評判のとても良い箱根の旅館の予約が、普段の料金の半額で取れた。
 運良く仕事も一段落したところなので、泊まりに行く。
 その旅館は、強羅の外れにある。とある大企業の保養所だったものを一般に開放した、こじんまりとした居心地のいい宿だ。
 紅葉はまだ二分から三分という感じだが、凛とした秋の空気が気持ちいい。

 箱根、とりわけ強羅は、私にとって思い出深い地だ。
 何しろ、3歳から三年もの間、電車を乗り換え、箱根登山鉄道に乗り、強羅にある女子大付属の幼稚園に通い続けていたのだ。この長大な通勤・通学時間は、いまだに自己記録である。
 その頃、箱根登山鉄道は、私にとって日常の一部であり、非日常にワープするトンネルのような存在だった。ゆっくりと走る車窓から見た花鳥風月・雪月花は、いまだに心の原風景だ。
 いまは車で行くことが圧倒的に多いけど、箱根に行くと、子供の頃の自分がちょこまかと歩いているような気もする。

 余談だが、折角“お受験”までして入ったのだから、小学校まで行って(当時は男子も小学校まで行けた)、系列の私立中学に進学すれば人生も変わったのだろうけど、女子大付属で育つことに危惧を抱いた家族によって公立の小学校に戻され(だったら“お受験”させるなよ!)、以後、学業では最後まで超低空飛行を続けた。

 幼稚園の裏手には、馴染みの保養所があり、まるで家族の一員のように接してくれた。
 いまでは親会社が倒産し、その保養所は人手に渡ったが、つい最近まで、事あるごとにお世話になり、硫黄で真っ白の風呂に浸かっていた。
 そう。考えてみれば、3歳の頃から、ずっと温泉に浸かり続けている。

 強羅の旅館で松茸に舌鼓を打ち、風呂に浸かっていたら、何だか元気が沸いてきたような気がした。たまには原風景の真っ只中に身を置くのも、悪くはない。

 箱根八里ということで、1つ:壊れやすい道路

 「倒壊道」

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2005/10/31

ミステル

 仕事柄、山のようなVC(ビデオ・クリップ)を、連日見ている。
 元々、ティーンエイジャーの頃は、TVKの「Sony Music TV」なんかが好きだったので、苦にはならない。むしろ、新しい才能と出会うことは本当に楽しい。
 MTVが出てきた頃、音楽が映像を伴うことには賛否両論だった。いまでも、センス悪い映像が付いていたりすると曲が台無しだし、歌詞なんか付けられた日には「余計なお世話」で、とっちらかっちゃって何が何だか解らなくなる。
 しかし、クリエーターが自己表現する新しいメディアであることは間違いなく、センスや才能を感じる多くの「作品」が次々と生まれていることは喜ばしいことだ。

 そんな中でも特にお薦めなのは、DVD「Director's Label」シリーズ。
 ジョナサン・グレイザー、マーク・ロマネック、スパイク・ジョーンズら、現代の映像クリエーターが手がけたVCの数々が収められている作品集なのだが、感涙モノである。
 特に心を打たれたのはU2のジャケ写でも知られているアントン・コービー。彼の映像を見ていると、人間の作り出した“作品”は、大自然の作り出した風景や風の香りなどと何ら変わりのない、五感全体を包み込む“美”であることが判る。

 日本のVCもレヴェルが高いものが多い。
 「MTV」「Music on TV」「Space Shower TV」などを、ザッピングしながら斜めに見ているだけでも面白い。特に、未知のアーティストが数多く登場する夜中がお薦めだ。

 ただ、すっかりCDやラジオを聴くことがなくなり、家のコンポは電源すら入っていない。
 ましてや、元々、私は「旅に出たら、その土地の音を聴く」人で、音楽を持ち運ぶようなことはしない。だから、電車の中で音楽を聴くようなマメなこともしない。
 もっとも、アタマの中で音楽は鳴り響いているので、改めて聴く必要もないんだけど(アウトプット出来ず、他の人に聞かせられないのが残念だけど)。

 音楽が「聴くだけのもの」から、「五感で感じるもの」へと変化したのかもしれない。変化というか、元来、音楽は録音など出来ず「自ら足を運び、ライブで見て、聴き、体感する」ことしか出来なかったので、元に戻っただけなのかもしれないが。

 音楽ネタということで、1つ:ファンに見捨てられたバンド

 「ミステル」

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2005/10/29

「片山議員、いつ来たの?」「さつき」

 4回目の横浜トリエンナーレ2005。
 総合ディレクターの川俣正さんの案内で、ピーター・バラカンさんらが会場を廻るという企画の本番。

 バラカンさんは、ここ3年くらい、仕事だけでなく、いろいろな場でご一緒している。
 センスはユニークかつ鋭敏。一方で、義理堅く心遣いの厚い、ある意味、日本人以上に日本人らしい方である。
 午前中は雨に祟られてどうなるかと思ったが、何とか企画は終了する。

 仕事は「ああすればよかった...」という事柄が、常に、後から思えば少なからず生じる。正直、今日も幾つかある。
 でも、「ああすればよかった...」がなくなって、「どんなもんだい!やったぞ!」というような仕事後の感想しかなくなったら、それはそれで客観性の欠如、成長の停止の証。
 これからも、出来るだけ高いレヴェルで「達成と反省」「プライドとコンプレックス」を鬩ぎ合わせながら生きていきたいなという思いが、生まれ故郷・横浜の雨後の晴天を見ていたら、心を過ぎった。
 とはいえ、のんびりと温泉に浸かったりするのも、私の人生にとっては大事。峰竜太さんのように仕事一途には生きられない。
 晴天が夜景に変わるころ、クランクを何度も曲がった思索の軌跡(というか、ボーッとした思い浮かべの変遷)は「offがなければonはない!」というところで帰結を迎える。
 生きている限りは、今日のように止まない雨はないし、夜が来ないことも、夏が終わらないこともない。

 まあ、何でそんなに今日の思考が抽象化したかといえば、やっぱり現代美術を散々見たからなんだけどね。感化されやすいといえば、ハイ、それまでよ!
 ということで、続きは、明日!

 初心に戻って、初歩的な小噺を、1つ:

 「片山議員、いつ来たの?」「さつき」

 

 
 

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2005/10/20

横浜税ブリッジ

 横浜トリエンナーレで、総合ディレクターの川俣正さんと話をする。
 川俣さんと最初に会ったのは、まだ川俣さんが東京芸大の教授だった、ある冬のこと。美術学部のオープンカフェで凍える夜に熱い話をしたのだけど、翌朝、やっぱり見事に風邪をひいて寝込んでしまった。

 久しぶりにお会いした川俣さんは、筋骨隆々。あんなに忙しそうなのに、いつウェイト・トレーニングをしているんだろう?私はウェイトをあまりしなくなったら、見事に「両国系」になった。1週間に5000m、1年に200キロは軽く泳いでるのだが、生まれ持った体質には全くもって逆らえない。あーあぁ。

 横浜トリエンナーレは「空想力の遊園地」。コンピューターゲームのようなヴァーチャルな空想感覚は得られないけど、日常からの遊離のような精神的フレアー感覚は得られる。
 ああいうところで遊ぶ子供は、自分の足元からヒントを見つけるような成長を遂げるような気もする。何となくだけど。

 ちなみに、川俣さんの故郷は北海道三笠市。川俣さんと話すたびに、4年前の夏に三笠市の桂沢湖で、濃厚な仕事をしたことを思い出す。富良野に行く道すがらにある、恐竜像が聳え立つ人工湖です。
 私は横浜市中区の生まれなので、山下埠頭辺りの空気が、何故か一番体にフィットする。やっぱり生まれた街はいいですね。

 横浜の風景を変えた橋をシニカルに見て、1つ:多額の税金で作った橋

 「横浜税ブリッジ」

 

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