溜池の東芝EMIで、打合せをする。
『仕事』というと、ガッチリと固まったものをイメージするのが普通だが、私の場合は「まだ企画段階なんですけど...」というところから、信頼の置ける方に相談するところから始めることが多い。いわゆる「ブレスト」(『平泳ぎ』ではなく、『ブレーン・ストーミング』)である。
思いがけず長居になってしまったが、雲の合間から挿す光みたいな時間を過ごす。
帰り際、赤坂のTBSの側を通る。
学生最後の年(大学5年生の時...ちなみに私は2つの専攻過程を経ていて、2つの学科の同窓会に入っている。価値はないけど)、TBSの入社試験を受けて四次試験まで通ったところでアクシデント(予期不能な完全な人災)が起こり、いまの会社に入った。
当時、就職活動など殆どしなかったのに、他の企業からも内定を頂き、幾つかの選択肢はあった。
正直に言うと、会社勤めは向いてないと思ってたし、いまだに向いてないと思う。大学院進学を勧めてくれた教授もいたし、「こうやって生計を建てられたらな」という思い(いま思うと稚拙だけど)もあった。
ただ、それを打ち破り進むだけの「根性」も、「才覚」も、「自信や経済的な裏付け」も、その当時の自分にはなかった。「人間は制服を信用する」という心理学者の言を借りれば、中退でもいいから大学院という制服を纏えばよかったのかもしれない(まだ、その気になれば着れそうだけど...)。
それぞれの岐路で、自分なりには悩んで、結論を出してきた。その1つ1つは最善ではなかったかもしれないけど、言い訳は出来ない。
なんてね。本音を言えば、たくさん言いたいけど。例えば、「根拠のない自信」を振りかざし、うまくいかないと他罰に帰結出来る人を、心底、羨ましいと思う。俺だって、他人のせいにしたいこと、いっぱいあるよ!明らかに自分の責任ではないことも沢山ある。
もっとズルければ、現世的な眼前の利益(具体的に言えば落ちている10円)は拾えたかもしれないし、他人の足を散々引っ張ることが出来たかもしれない。
ただ、信頼している先輩が評したように「自分に優しく、他人に『無関心』」なんで...這い上がろうというコンプレックスの塊のような、才覚も能力も見る目も無いけど上昇志向や権威主義だけは強いというような輩とは、永遠に解り合えない。
「お人良しすぎる」と評した別の先輩もいたなぁ...
そんな愚痴を心で言いつつ、地下鉄で帰る。同じような言葉は、殆どの人の心に響いているに違いないと思いつつ。地下鉄が、コンテンポラリー感覚を得る場ではなく、息苦しく感じるようになったのは、いつからだろうと考えながら。
階段を降りる前に見たTBS会館の跡地が、まるでグラウンド・ゼロのようだった...
株の買収を仕掛けられた民放といえばということで、1つ:
「無事テレビ」
最近のコメント