2006/09/03

不義理よ今夜も有難う

 すいません...
 更新するのをすっかりサボっていて。昔から、瞬発力はあれど、持久力には乏しいタイプだったので...
 ということで、思いっきりアーカイブの話から、少しずつ記していきます。

♪あれは半年前...

 山下洋輔さんと、濃い仕事をする。
 山下さんの日本の音楽への関心は、とても深く、さすがに視点が凄い。いま、一番注目している日本の音楽は「お神楽」だという。
 「お神楽」は日本のダンスミュージックのルーツ。そう、日本は知る人ぞ知るダンスミュージック大国だということを忘れてはいけない。
 諸々あって、仕事は結構押してしまい、夜中までかかった。
 でも、疲れ一つ見せない山下さんに、深い感銘を受ける。
 そうか、神楽か。その目の付け所は、鋭い感性としか言いようがないですね。

 ということを含め、ちゃんと更新しますから、許してね、で1つ。
 いまの気持ちを歌にすると

「不義理よ今夜も有難う」
 
 

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2005/10/31

ミステル

 仕事柄、山のようなVC(ビデオ・クリップ)を、連日見ている。
 元々、ティーンエイジャーの頃は、TVKの「Sony Music TV」なんかが好きだったので、苦にはならない。むしろ、新しい才能と出会うことは本当に楽しい。
 MTVが出てきた頃、音楽が映像を伴うことには賛否両論だった。いまでも、センス悪い映像が付いていたりすると曲が台無しだし、歌詞なんか付けられた日には「余計なお世話」で、とっちらかっちゃって何が何だか解らなくなる。
 しかし、クリエーターが自己表現する新しいメディアであることは間違いなく、センスや才能を感じる多くの「作品」が次々と生まれていることは喜ばしいことだ。

 そんな中でも特にお薦めなのは、DVD「Director's Label」シリーズ。
 ジョナサン・グレイザー、マーク・ロマネック、スパイク・ジョーンズら、現代の映像クリエーターが手がけたVCの数々が収められている作品集なのだが、感涙モノである。
 特に心を打たれたのはU2のジャケ写でも知られているアントン・コービー。彼の映像を見ていると、人間の作り出した“作品”は、大自然の作り出した風景や風の香りなどと何ら変わりのない、五感全体を包み込む“美”であることが判る。

 日本のVCもレヴェルが高いものが多い。
 「MTV」「Music on TV」「Space Shower TV」などを、ザッピングしながら斜めに見ているだけでも面白い。特に、未知のアーティストが数多く登場する夜中がお薦めだ。

 ただ、すっかりCDやラジオを聴くことがなくなり、家のコンポは電源すら入っていない。
 ましてや、元々、私は「旅に出たら、その土地の音を聴く」人で、音楽を持ち運ぶようなことはしない。だから、電車の中で音楽を聴くようなマメなこともしない。
 もっとも、アタマの中で音楽は鳴り響いているので、改めて聴く必要もないんだけど(アウトプット出来ず、他の人に聞かせられないのが残念だけど)。

 音楽が「聴くだけのもの」から、「五感で感じるもの」へと変化したのかもしれない。変化というか、元来、音楽は録音など出来ず「自ら足を運び、ライブで見て、聴き、体感する」ことしか出来なかったので、元に戻っただけなのかもしれないが。

 音楽ネタということで、1つ:ファンに見捨てられたバンド

 「ミステル」

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2005/10/29

「片山議員、いつ来たの?」「さつき」

 4回目の横浜トリエンナーレ2005。
 総合ディレクターの川俣正さんの案内で、ピーター・バラカンさんらが会場を廻るという企画の本番。

 バラカンさんは、ここ3年くらい、仕事だけでなく、いろいろな場でご一緒している。
 センスはユニークかつ鋭敏。一方で、義理堅く心遣いの厚い、ある意味、日本人以上に日本人らしい方である。
 午前中は雨に祟られてどうなるかと思ったが、何とか企画は終了する。

 仕事は「ああすればよかった...」という事柄が、常に、後から思えば少なからず生じる。正直、今日も幾つかある。
 でも、「ああすればよかった...」がなくなって、「どんなもんだい!やったぞ!」というような仕事後の感想しかなくなったら、それはそれで客観性の欠如、成長の停止の証。
 これからも、出来るだけ高いレヴェルで「達成と反省」「プライドとコンプレックス」を鬩ぎ合わせながら生きていきたいなという思いが、生まれ故郷・横浜の雨後の晴天を見ていたら、心を過ぎった。
 とはいえ、のんびりと温泉に浸かったりするのも、私の人生にとっては大事。峰竜太さんのように仕事一途には生きられない。
 晴天が夜景に変わるころ、クランクを何度も曲がった思索の軌跡(というか、ボーッとした思い浮かべの変遷)は「offがなければonはない!」というところで帰結を迎える。
 生きている限りは、今日のように止まない雨はないし、夜が来ないことも、夏が終わらないこともない。

 まあ、何でそんなに今日の思考が抽象化したかといえば、やっぱり現代美術を散々見たからなんだけどね。感化されやすいといえば、ハイ、それまでよ!
 ということで、続きは、明日!

 初心に戻って、初歩的な小噺を、1つ:

 「片山議員、いつ来たの?」「さつき」

 

 
 

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2005/10/25

村上ショウジ

 今日も横浜トリエンナーレに行く。
 個人的に美術館巡りは大好きで、世界のどの街に行っても必ずギャラリーで作品と対峙している。
 1番多く訪れたのは、箱根にある「彫刻の森美術館」。だって、通“園”路にあったんだもん。
 2番は、ハンガリーの首都・ブダペストにある王宮跡の国立美術館。3番は鎌倉の神奈川県立近代美術館(昔、コーヒーショップのお姉さんが超いい感じだったなぁ)、4番は...あぁ、キリがない...
 我が家の玄関には、千住博画伯から頂いた引越祝の画が燦然と飾られていたりもする。
 私はとにかく画が下手なので、画が上手い人には無条件で敬意を表してしまう。

 今回のトリエンナーレ会場に来たのは3回目だが、回数を重ねるとだいぶ引いて見られるようになる。引いて見ても、いや、これは面白い。
 アートっていうと、難解か、引越屋か(ちなみに、前の家からいまの家に引っ越すとき、アート引越センターに頼んだら、メチャクチャ良かった...)、一部で人気のホテルか(札幌も大森も私のお気に入り)と思うが、「理解する」ことをやめて、「そのまま感じる」ことをすれば、結構、楽しめると思う。

 結局のところ、「作り手が作り出した作品」は、殆どの場合「ああ、こうすれば面白いじゃん」という、作者の側の「あやふやな確信」に基づく、面白がりの具現化なのだと思う。
 この「あやふやな=根拠のない」確信を持ち続けると、1人の人間としては幸福になるかもしれないが、その反面、社会的には不幸になるかもしれない。
 でも、客観的な評価は然るべき人が決めるにして、主観的には「面白い」と自分が思うものを世に出す方が、面白いに決まってる。

 まあ、そんな脱線問答はさておいて(自分で脱線したのに...すんません)、アート作品を解釈するときに、どうしても理論的裏付けとか、作品に秘められた背景や情報などを勘ぐってしまうけど、「そっかぁ、ここでこういうものを作りたかったんだね」と、作者の意図やそのときの状況を素直に感じるにはいい機会かもしれない、と。
 人間、そんなに理屈だけで生きるものではないし、「わからないものはわからないけど、なんとなくだけどいいかんじ」という、全部ひらがなで感じるような感じも、時にはいい感じなのではないかなと感じているのだ。

 ということで、たまには理屈はなくてもいいということで、1つ:
 「村上ファンド」が関西で“ちょっとだけ”ウケようと、社名変更

 「村上ショウジ」

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2005/10/20

横浜税ブリッジ

 横浜トリエンナーレで、総合ディレクターの川俣正さんと話をする。
 川俣さんと最初に会ったのは、まだ川俣さんが東京芸大の教授だった、ある冬のこと。美術学部のオープンカフェで凍える夜に熱い話をしたのだけど、翌朝、やっぱり見事に風邪をひいて寝込んでしまった。

 久しぶりにお会いした川俣さんは、筋骨隆々。あんなに忙しそうなのに、いつウェイト・トレーニングをしているんだろう?私はウェイトをあまりしなくなったら、見事に「両国系」になった。1週間に5000m、1年に200キロは軽く泳いでるのだが、生まれ持った体質には全くもって逆らえない。あーあぁ。

 横浜トリエンナーレは「空想力の遊園地」。コンピューターゲームのようなヴァーチャルな空想感覚は得られないけど、日常からの遊離のような精神的フレアー感覚は得られる。
 ああいうところで遊ぶ子供は、自分の足元からヒントを見つけるような成長を遂げるような気もする。何となくだけど。

 ちなみに、川俣さんの故郷は北海道三笠市。川俣さんと話すたびに、4年前の夏に三笠市の桂沢湖で、濃厚な仕事をしたことを思い出す。富良野に行く道すがらにある、恐竜像が聳え立つ人工湖です。
 私は横浜市中区の生まれなので、山下埠頭辺りの空気が、何故か一番体にフィットする。やっぱり生まれた街はいいですね。

 横浜の風景を変えた橋をシニカルに見て、1つ:多額の税金で作った橋

 「横浜税ブリッジ」

 

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